心理・宗教

動物と人の違い〜進化心理学から見る”愛情”とは〜

最近、すさまじくはまっている本がある。
進化論や他の動物との違いから何か学ぶものがあれば、と見始めたのだが、止まらない止まらない。
面白すぎて夜に8時間しか眠れないほどだ。

愛情と冷酷さ

そもそも、動物には子孫を生き残らせるための「愛情」と「冷酷さ」が同居すると言われる。

よく、ドキュメント番組なんかでも家族を助けようとする動物の姿を見るだろう。これからしても、当然のごとくすべての生物に愛情があると思ったが、進化心理学の観点からここを見ていくと、驚くべき実態が明らかになる。

領域特異性

領域特異性

外的な状況によって、別の心の働きが起動するという性質

子供を守る愛情行動は、特に哺乳類や鳥類に見られる。これはもちろん、子孫を残すために必要なことであるが、種によっては私たちの考える「愛情」とは異なる場合がある。これが先ほど話した、愛情と冷酷さの切替である。

雌ライオンにおいては、、、
愛情:愛情を持って子ライオンを世話する
冷酷:群れを縄張りとしていない雄ライオンを、怒りを持って排除する

これはオスの子ライオンがどの程度成長しているかという、”外的な状況”でどちらが働くか明確に分けられる。
そもそも、ライオンの群れは雌たちと子ライオンからなっており、雄の成獣は群れには残れないことになっているのだ。ここに残れる雄ライオンは、この群れを縄張りとする者のみ。

鳥類においては、、、
愛情:卵を温め、餌を持ってきて絶えずヒナに食べさせる
冷酷:外的に巣を荒らされたり、気象の変化で巣が破壊されれば、卵やヒナが生きていても簡単に放棄する

愛情面については周知のことだろう。しかし、鳥類は1つの巣づくりに固執すると、上記のような状況が再度起きた際に大きな損失が見込まれる為、すぐに別の場所での巣づくりを開始する。

どれだけ苦労して育てたかよりも、いかに子孫を残すかにフォーカスし、愛情と冷酷さは領域特異性をもってきっぱりとスイッチされる。

果たして、人間はどうだろうか。
人間の子供は成長速度などからしても、他の哺乳類や鳥類などよりもよっぽど手がかかる。
ご飯を食べさせること、人間社会で生きていけるように教育すること、その教育にかける手間と費用、などなど。

これだけ手間がかかると、先の鳥のように「もうだめだから」と次に行っていては、それまでの投資損失の方が大きくなってしまう。だからこそ、人間にとっては少ない子供を育てきる方が有利なのだ。その結果、人間では愛情の方が大きく上回って子育てするよう進化してきた

しかしそれでも我々も動物の1種である。心の底では、この野生の非常さが眠っていることも忘れてはいけない。
外的な状況によっては、それが発動されることも否定しきれないのだ。

愛情と煩わしさ、自分の欲求

これと一致するわけではないが、私の中に浮かんだ1つの映画が、、、
クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲

大大大好きな映画。
公開は2001年で、もう約20年も経ったのかと信じられないほどである。
しかし、子供に連れられていったこの映画に、親たちが大号泣して映画公開の終盤期間はリピーターの親で溢れかえった、というのは記憶に新しい。

この映画のテーマは家族愛ももちろんだが、映画後半で父のひろしがこの街から脱出するのに苦労している場面が見られる。


映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』より引用

昭和の街並み、懐かしさというのは、昭和生まれの私ももちろん感じる。
しかし、それだけではない。映画評論家の岡田斗司夫氏によれば、親であることの煩わしさも表現されているのだと言う。

懐かしいあの街並みに戻りたい、子供の頃の、自由奔放で、責任もない、自分の時間やお金を奪われることもない、あの頃に。

もちろん、子をもっている人の多くは、これ以上の幸せはない、と口を揃えて言うだろう。しかし、そこに上記で挙げたような子に対する煩わしさが一片もないとは言い切れるだろうか?

愛情と冷酷さの話からは離れてしまったが、我々も動物としてそういった本能が隠れていること、いち人間としての「私の欲求」があることも忘れてはいけない。

親だから全てを諦めなくてはいけないのか?
親だから子に煩わしさを感じるのは悪なのか?
また逆に、親だから偉いのか?

進化心理学という観点から、1人の人間ということ、親であるということ、動物であるということ、複数の視点を感じさせられた。

本日の学び

・動物には子に対する”愛情”と”冷酷さ”が存在する
・領域特異性という性質によって、明確にスイッチされる
・人間にもこの両面は存在し、それも含めて人間らしさである